※記載されているプロフィールは取材時のものです。

先生が答える WK相談室

子どもへの語りかけは英語?日本語?(豊田先生)

教材を使うときの語りかけを英語でしようか日本語でしようか迷います。たとえば、救急車を見て「これ何?」と聞かれたときに、"ambulance"と言って、その後すぐ「救急車よ」と言っています。
りんごは"apple"で覚えています。子ども(現在2歳)にとっては、2つを使い分けることは難しいのでしょうか?英語で覚えると、日本語の単語の覚えが遅くなるのでしょうか?(会員のかたからの質問)
バイリンガリズムがご専門の、監修の豊田先生にご回答いただきました。


豊田先生豊田ひろ子先生

東京工科大学教授。専門は言語教育学、児童英語教育、バイリンガリズム。1児(男の子)の子育て真っ最中!ご主人は日本人とアメリカ人のダブル

重要なのは意味をしっかり理解することです

新しい語は、日本語からでも英語からでもラベルはり(英語であればりんごに"apple"と名前をつけること)をしてかまいません。重要なのは、子どものなかでそれがどういうものなのか、意味の部分がしっかりわかっているかどうかを確認しながら、その語のラベルをはるということです。

大人は子どもが英語を発音すると、あまりの上手さに驚かされるものです。たとえば、「りんご」の場合、日本語の"リンゴ"よりも、英語の"アポー"の方が発音しやすかったりします。また、日本語の"キューキューシャ"よりも、英語の"アムビュランス"の方が、長めですが、母音と子音が組み合わされた形なので、発音しやすかったりします。


豊田先生


しかし、その音が何を意味しているのか、音と世間一般で認知されている意味を結びつけるのは、子どもにとっては大変な作業となります。

人間は、本来自分を中心に、意味を認知し創造するものです。子どもの場合は、経験値が少ないだけに、勘違いがよく起こります。

たとえば、「救急車」を見て"ambulance"と上手に発音していても、車の上で光りながらウーウー鳴っているサイレンを"ambulance"と認識していることもあります。
このような場合、子どもが認知した意味と、ことばの本来の意味の間のギャップの調整が必要となります。子どもの勘違いには、面白いものが多いので(笑)、厳しく修正するというよりも、意味調整のプロセスを親子で楽しんでくださればと思います。




たとえば、ある乗り物が、どんな特別な機能があるのか、何のためのものなのか、その意味を説明し、子どもがわかっていることを確認することが重要です。

その上で、英語では"ambulance"と言うけれども、日本語では「救急車」と言うのだと、教えてあげればよいと思います。逆に意味がしっかりわかっていないと、たとえば、"ambulance"を"fire engine"と間違えたりするなど、ほかの乗り物との意味の住み分けがわからず覚えにくくなります。

救急車

まず、特定のものが何なのかしっかり確認すること。これは親の母語を使ってかまいません。次に同じものに2つ名前がついているのだということをわからせてあげること。直後に即座に言い換えなくても、時差があっても、折を見て伝えてもかまいません。



発音のしやすい語や聞いている頻度が多い語から、子どもは発声します。

最初は、発音のしやすい語や、聞いている頻度が多い語の方を、日本語を使う場面でも、英語を使う場面でも、発声するでしょう。

次第に、日本語を使う場面で「救急車」が、英語を使う場面で"ambulance"が使われていることに聞き慣れれば(両方の言語に十分接触することも大事です)、自然と2つの語をそれぞれのことばが使われている状況で使い分けて言えるようになります。理論的なモデルでこれに関係があるのは、 Dr. Jim Cumminsの"Interdependency Hypothesis"です。

日本で育つ限り、日本語は社会の主要言語ですから、社会が日本語を育ててくれるところが多分にあります。英語を習うことで、日本語の発達が阻害されることは、まったくありません。

ただし、日本語と英語の両語でコミュニケーションができるレベルのバイリンガルを育てたいのであれば、発音など表面上の習得で満足するにとどまらず、子どもに語りかけて、意味を理解させて、英語の習得を支援する必要があります。

※Cummins先生は、カナダのトロント大学オンタリオ教育大学院(OISE)教授で、専門はバイリンガリズム、バイリンガル教育、特にカナダの継承語教育です。Stage 1のWorldwide Parents(冊子P.5)にもインタビューで登場していますのでぜひご覧ください。

日本語での語りかけの大切さについて」

概念の理解が知能であるというのがCummins先生のバイリンガル理論です。
日本のバイリンガルは、いわゆるエリートバイリンガルで知能が高いとされることが多いのですが、北米のバイリンガルは移民が大人になってから北米に移住して生活をし、英語を学ぶケースから、文法の間違いやなまりが多い(=知能が低い)と考えられてしまうことが多くあります。

では北米のバイリンガルが、知能が本当に低いのか?知能が低いのはバイリンガルのせいなのか?それは本当なのか?というのがCummins先生の研究の発端です。従来の学説で言われてきていたのは、「脳はひとつ。基本、ひとつの言語を覚えることで1になると思われている脳が、ふたつの言語が入ると、0.5ずつになってしまう。」という理屈。


それに対しCummins先生は、表層の部分では日本語のラベリングで0.5、英語のラベリングで0.5に見えるかもしれないが、実はラベリング自体はそれほど問題ではない。むしろことばを身につけていくうえで大切なのは、概念(そのことばを規定するものの理解)であり、概念の理解がいわゆる知能である、という考え方を実証研究しています。そして概念自体は、英語・第二言語のラベリングによって影響を受けるものではない、と結論づけています。

たとえば、りんごを例にあげると、ラベリングは「りんご・appleですが、概念としては、「赤くて丸くて、フルーツで、木の上になるもので、青いものもある」という規定となります

考えて人に伝えるための能力(ここでいう知能)は、ラベリングではなく、概念をどれだけ理解できているかということであり、バイリンガルとは、「りんご・apple」というラベリングが2つあるということだけである。ラベリングの力だけをとらえて、知能と呼ぶべき機能ではない。つまり、バイリンガルでもモノリンガルでも、ラベリングによって概念の理解に影響を受けることはないし、逆に概念をきちんと理解できていないと、ラベリングができても意味がない、ということなのです。

バイリンガル理論をりんごの例で簡単に整理すると以下のようになります。

・additive bilingual(付加的バイリンガル):ひとつの言語(優勢言語。日本で言えば母語である日本語)できちんと規定があると、そこに+αで英語のラベリングが加わっていく(この+αがaddされる、という意味のバイリンガル)

・subtractive bilingual(削減的バイリンガル):ひとつの言語での規定が不十分なため、もうひとつの言語も定着しない。「apple=りんご」と覚えても、りんご自体が何なのかがわからないので、結果、ことばとして定着しない。

おうちのかたの日本語でのたくさんの語りかけはとても大切です。

バイリンガル理論から申し上げると、救急車を見て、「救急車」"ambulance"とどちらか、もしくは両方でラベルを覚えること自体は、言語習得の知能にはあまり影響がありません(もちろん成長の証ではあります)。どちらを先に覚えるにせよ、ラベルを覚えるときに一緒に概念を積み上げてあげる手助けをしていくのがよいでしょう。

Worldwide Kidsの場合、映像教材などでも単なるラベリングだけでなく、概念を伝える手法を取っています。概念をしっかり定着させるために、おうちのかたが、日本語のネイティブである場合は、自信をもって使える日本語での十分な語りかけでたくさん鍛えてほしいと思います。意味がわかったうえで、英語の反復練習をすれば効果があります。意味がわからず、ただやみくもに英語の発音を繰り返しているだけでは覚えられず効果がありません。

年齢別の語りかけの例

*ここでご紹介している年齢は目安にすぎません。お子さまの日本語の発達に合わせて、下記の例をご参考になさっていただければと思います。

2~3歳でしたら最初は単純に日本語で概念理解を積み重ねてあげてください。子どもが「消防車」に興味をもっていたら、ただ、「"fire engine"でしょ」とラベリングを教えるのではなく、「英語では"fire engine"だって。働く車だね。赤いサイレンがついてるね。ウーウーッてサイレンが鳴るね。火事が起きてるんだね。火を消しに行くんだね」などと、その車が何なのかを母語でしっかり教える。常に、ラベリングと概念を一緒にインプットしていくことが本当の力になります。説明はその場でもいいし、あとでもかまいません。子どもの興味に合わせてあげましょう。

ラベリング

4歳くらいになると、"code switching"といって、場面によって英語と日本語を使い分けられるようになると言われています。つまり、外国の人と会ったときは英語を、日本の人と会ったときは日本語、というふうに場面ごとに使い分けることの理解が始まります。

実例を一つあげますと、私の息子は、祖母がアメリカ人なのですが、3歳半ごろから祖母に会うときは英語で話そうとする"code switching"が起こっています。

また、私の息子は2歳ごろ、機関車トーマスを見ていて、日本語の「なだれ」ということばを、英語で先に"avalanche"と覚えているケースもありました。とても上手に発音していて、こんな幼い子がなだれという現象をどうして認知できたのかと、感心していました。しかし、4歳になって、同じものを見ていて、「"avalanche"ってどういうことだと思う?」と聞いてみたところ、「ゆきがどんどんくるよー。たすけてよー。」ってことじゃない?」という答えが返ってきました。

つまり、母親の私の勘違いだったということです。発音しやすかったし、日本語で聞いたことがなかったので、彼は"avalanche"と言っていたけれども、彼が認知していた意味と世間一般の意味の間にはギャップがあったということです。幼い子どもの発音のうまさには驚かされますが、ことばの音と意味の結びつきの習得は別ものなのだなと実感した体験でした。

ここで紹介した語りかけの例は、あくまでも一例です。個人差はありますので、子どもの興味や周囲の環境によってさまざまなケースがあると思います。参考になれば幸いです。